プロセスを楽しめないのはなぜ?
- 2019.07.02
- 悟り(本当の自分)
プロセスを楽しめない。
結果主義。
なぜ、プロセスを楽しめずに結果ばかりに走ってしまうのか?
それを自分の体験談を通して紹介しますね。
■すべてが「めんどくさい」で片づけられる
昔の自分はすべてが「めんどくさい」で片づけていた人生でした。
いわゆるすべての行動、アクションが「やっつけ仕事」になって
例えば年賀状出すのも、やっつけ仕事で面倒だ。
自分の誕生日に、例えばLINEなどで誕生日おめでとうを言われて、それを1つ1つ
返事をするのも「やっつけ仕事」でめんどくさい。
何かの無意味な会議や、報告、それらもすべてが「やっつけ仕事」になってしまい、めんどくさいから。
というスタンスでずっと生きてきた。
■やっつけ仕事のイメージは?
自分の中で、その「やっつけ仕事」のイメージは、無駄な雑用になる。
無駄な雑用というのは、それをやっても何も自分のメリットにならずに、
自分の成長に繋がらない。
では、なぜ自分の成長しなくてはならないのか?
じゃぁ、「やっつけ仕事」と「やっつけ仕事じゃない」その区分けは一体なんでしょうね?
それは「やっつけ仕事」は、やっても何も時間の無駄であり、これをやることで何も自分に「蓄積」が
起きないイメージになる。
逆に「やっつけ仕事じゃない」ものは、自分が成長する「蓄積」が起きるものになる。
じゃぁ、成長って何かというと、「できる自分になる」「スキルが身に付く」ことになる。
じゃぁ、さらに「できる自分」とはどんなイメージなのかというと、
全体像を把握して、すばやい判断ができ、的確な指示も人にでき、いわゆる「頭いいね」「賢いね」「あなたの言っていることが正しいね」と言われたいだけ。
もっと端的に言ってしまうと、いわゆるビジネスマンで「こいつ出来るヤツだな?」と言われたいだけ。
じゃぁ、なぜ、こいつは出来るヤツ、と言われたいのかというと、怒られたくないだけ。
そう、ただ怒られたくないだけ。
そんなビクビクした人生だったんです。
■怒られたくないだけ?
この怒られたくない出発の自分のアイデンティティーからのアクションは、
自分のことばかり考えるヤツ、というキャラが生まれる。
怒られたくない → そのために完璧になる → 完璧な仕事、効率よくテキパキやる出来る人になる →
できる人になるためには自分が成長、学ぶ必要がある → やっつけ仕事は、自分が成長、学ぶイメージがないものになる
自分が成長し、できる人間になる、その行動、アクション。
それ以外は、全部、雑用でやっつけ仕事で「めんどくさい」という感情が発動する。
だから結果として、自分が成長した、できる自分になる、というものがほしいという人生。
プロセスを吹っ飛ばして、結果だけを欲しい、ということになる。
■怒られたくない背景にはどんでもない「もの」が?
自分のイメージでは、やっつけ仕事は、自分が成長しない、学びにならず、出来る自分にならない無駄な時間。
自分のイメージでは、やっつけ仕事じゃない意味、価値ある仕事は、自分が成長し、学びになり、出来る自分になる大事な時間。
つまりは、できる自分になりたい、が、ゆえに、時間を使う、ということになる。
けど、できる自分になることで、「すごいね!」と思われ、そして「怒られたくない」という
自分のことしか考えないような人間でしたが、
そもそも、できる自分になりたい!ということは、元々は、「出来ない自分」という無意識な自分を
存在させている。
そう出来ない自分。
自分で自分を出来ない、効率が悪い、TVのトレンドドラマなどに出演する「かっこいいビジネスマン」
みたいな人じゃない自分。
出来ない、効率が悪い、テキパキと判断、実行できず、おかしな判断を下し、「何やってんだよ?バカ!」と
怒られて、否定され、仕事が出来ないヤツだ、こいつは!と怒られる。
そんな自分が隠れている。
ここで軽く整理してみると・・・
出来ない自分がいる。 出来ない自分だから、怒られたくない、その恐怖、不安によって、
絶対に怒られないようにしようと思って、その回避方法として、「出来る自分になる」を選択する。
出来る自分になれば、絶対に怒られないぞ、と思いつき、そして
出来る自分になるための行動しかしなくなる。
それ以外は、しない。
だから、「やっつけ仕事」のイメージは、自分の成長にならずに、自分が出来る自分になるための仕事じゃない、という
ことになる。
■結果ばかりに集中するのはなぜ?
何か結果を出す。
プロセスは関係なく。
そのイメージも「やっつけ仕事」に繋がるので、それも紹介したい。
-
前の記事
人間がこの世界に産み落とされたストーリー 2019.07.02
-
次の記事
2020年東京オリンピック7月24日ストーリー 2019.07.13
コメントを書く