プロセスを楽しめないのはなぜ?

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プロセスを楽しめない。

結果主義。

なぜ、プロセスを楽しめずに結果ばかりに走ってしまうのか?

それを自分の体験談を通して紹介しますね。

■すべてが「めんどくさい」で片づけられる

昔の自分はすべてが「めんどくさい」で片づけていた人生でした。

いわゆるすべての行動、アクションが「やっつけ仕事」になって

例えば年賀状出すのも、やっつけ仕事で面倒だ。

自分の誕生日に、例えばLINEなどで誕生日おめでとうを言われて、それを1つ1つ

返事をするのも「やっつけ仕事」でめんどくさい。

何かの無意味な会議や、報告、それらもすべてが「やっつけ仕事」になってしまい、めんどくさいから。

というスタンスでずっと生きてきた。

■やっつけ仕事のイメージは?

自分の中で、その「やっつけ仕事」のイメージは、無駄な雑用になる。

無駄な雑用というのは、それをやっても何も自分のメリットにならずに、

自分の成長に繋がらない。

では、なぜ自分の成長しなくてはならないのか?

じゃぁ、「やっつけ仕事」と「やっつけ仕事じゃない」その区分けは一体なんでしょうね?

それは「やっつけ仕事」は、やっても何も時間の無駄であり、これをやることで何も自分に「蓄積」が

起きないイメージになる。

逆に「やっつけ仕事じゃない」ものは、自分が成長する「蓄積」が起きるものになる。

じゃぁ、成長って何かというと、「できる自分になる」「スキルが身に付く」ことになる。

じゃぁ、さらに「できる自分」とはどんなイメージなのかというと、

全体像を把握して、すばやい判断ができ、的確な指示も人にでき、いわゆる「頭いいね」「賢いね」「あなたの言っていることが正しいね」と言われたいだけ。

もっと端的に言ってしまうと、いわゆるビジネスマンで「こいつ出来るヤツだな?」と言われたいだけ。

じゃぁ、なぜ、こいつは出来るヤツ、と言われたいのかというと、怒られたくないだけ。

そう、ただ怒られたくないだけ。

そんなビクビクした人生だったんです。

■怒られたくないだけ?

この怒られたくない出発の自分のアイデンティティーからのアクションは、

自分のことばかり考えるヤツ、というキャラが生まれる。

怒られたくない → そのために完璧になる → 完璧な仕事、効率よくテキパキやる出来る人になる →

できる人になるためには自分が成長、学ぶ必要がある → やっつけ仕事は、自分が成長、学ぶイメージがないものになる

自分が成長し、できる人間になる、その行動、アクション。

それ以外は、全部、雑用でやっつけ仕事で「めんどくさい」という感情が発動する。

だから結果として、自分が成長した、できる自分になる、というものがほしいという人生。

プロセスを吹っ飛ばして、結果だけを欲しい、ということになる。

■怒られたくない背景にはどんでもない「もの」が?

自分のイメージでは、やっつけ仕事は、自分が成長しない、学びにならず、出来る自分にならない無駄な時間。

自分のイメージでは、やっつけ仕事じゃない意味、価値ある仕事は、自分が成長し、学びになり、出来る自分になる大事な時間。

つまりは、できる自分になりたい、が、ゆえに、時間を使う、ということになる。

けど、できる自分になることで、「すごいね!」と思われ、そして「怒られたくない」という

自分のことしか考えないような人間でしたが、

そもそも、できる自分になりたい!ということは、元々は、「出来ない自分」という無意識な自分を

存在させている。

そう出来ない自分。

自分で自分を出来ない、効率が悪い、TVのトレンドドラマなどに出演する「かっこいいビジネスマン」

みたいな人じゃない自分。

出来ない、効率が悪い、テキパキと判断、実行できず、おかしな判断を下し、「何やってんだよ?バカ!」と

怒られて、否定され、仕事が出来ないヤツだ、こいつは!と怒られる。

そんな自分が隠れている。

ここで軽く整理してみると・・・

出来ない自分がいる。 出来ない自分だから、怒られたくない、その恐怖、不安によって、

絶対に怒られないようにしようと思って、その回避方法として、「出来る自分になる」を選択する。

出来る自分になれば、絶対に怒られないぞ、と思いつき、そして

出来る自分になるための行動しかしなくなる。

それ以外は、しない。

だから、「やっつけ仕事」のイメージは、自分の成長にならずに、自分が出来る自分になるための仕事じゃない、という

ことになる。

■結果ばかりに集中するのはなぜ?

何か結果を出す。

プロセスは関係なく。

そのイメージも「やっつけ仕事」に繋がるので、それも紹介したい。