人間がこの世界に産み落とされたストーリー

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■第1章 人間

人間がこの世界に産み落とされた。

「この腐敗した世界に産み落とされた。」

鬼塚ちひろの月光の「この歌詞」には、

なぜ人は惹かれるのか?

そこには真実の匂いがかすかにするから

じゃないでしょうか。

そう、人間は、エゴという自我が存在するので、

自分の他を分けた瞬間から、

自己否定、他者否定の戦争の歴史がスタートする。

この手足、身体、頭、が私だ、という認識した

瞬間から争い、腐敗した世界のストーリーが

始まる。

■第2章 日本人

よく考えてみると本当に不思議で、不思議で

たまらない。

もし?今の時代に、悪魔も使用しない原子爆弾を

この地球上に落としたら?

落とした人間は未来永劫、犯罪者として罵られ、

忌み嫌われ、全世界から大批判され、おそらく

地球上には、生きていけなくなる。

そんな原子爆弾が過去に2発も日本に落とされている。

この結果、

広島で14万人、長崎で9万人の方が亡くなっている。

30万人以上の方が亡くなっている。

9.11テロ事件で亡くなった人の数は、約3000人なので、

死者の数だけで捉えると、

原子爆弾を落とされたのは、単純計算で言うと

テロ事件の100倍になる。

なので、もし?今の現代に原子爆弾が落ちるということは想像も出来ないけど、

9.11のテロ事件のような衝撃的な建物破壊が

100箇所で同時に行われる、ということになる。

原子爆弾は人間を溶かしてしまう破壊力が

想像も出来ないぐらいのインパクトなので、

せめてもイメージ出来るとするならば、

9.11テロ事件のような惨劇の100倍のインパクトがある破壊が、今。

今、この瞬間に起きたとするならば?

一体、この地球上に住む人たちは、どれだけ

パニックになるだろう?

想像すら出来ないと思う。

そんな原子爆弾を2発もアメリカから落とされても

日本人はアメリカ人を恨んでない。

これは戦後の骨抜き教育をさせられたから、ということも踏まえて、超越した「許し」の器が

日本人の魂には宿っていることを意味する。

罪穢れを一身に背負っている、それは

まるで十字架を背負ったイエスの姿がオーバーラップする。

本来の日本人は精神力が半端じゃないが、

この原子爆弾を落とされ被害者なのに、

罪を全世界に犯した戦争犯罪者の加害者のレッテルを未だに貼られている日本人。

被害者なのに加害者。

その加害者意識があり、存在して申し訳ないという自己否定するエネルギーが滞留している。

他の民族だったら、気が狂いアメリカに徹底抗戦するなり、もしくは、民族自体が生きることの

選択を辞めて死を選んでしまうだろう。

それぐらい息をすることも、生きることも

全否定してしまう認識になってしまっている

日本人。

さらなる深い洞察力を持って日本人をみると、

人類の全ての罪を受け入れる大きな器を持っており、生きる奇跡の聖者のようにみえる。

■第3章 人間、私

人間の争いの種、そして日本人の罪意識。

この2つのエネルギーから何が生まれるのか?

もちろん、マイナスの感情のスイッチが入る。

自分の場合は、母親から遠ざけられた現実を見て、

「どーせ、嫌われるんだ」という解析をしてしまった。

人間である日本人は、マイナス感情スイッチを誰しもが持っている。

その無意識を意識化できるだけで、本当に自分の現在地が分かり、そこから人間とは何か?も理解でき、

どう生きていくのかが初めて選択出来るようになる。

■第4章 TIME

時間。

一体、人間であり日本人である私は、何に時間を

費やしているんだろう?

それは、「どーせ嫌われるんだ」という自分のマイナス感情を持っている認識があるので、

プラス感情に移行しようとする。

つまりは、「どーせ嫌われるんだ」から

「好かれたい」に感情を移行したいとオートで

感情、考えがそう思う。

なので、好かれるためには、何かしらの行動をする。

・学校でいい成績を取る

・楽しいことをする

・笑われることをする

・運動で頑張る

などなど。

つまりは、母親などから好かれるためには、どんな行動をすればいいのか行動を通して、実験している。

自分の場合はいろんな実験結果から、バカになり、

ドジを踏み、心配されて、「大丈夫?」とクスッと

笑われ構ってもらうことが、

「好かれる」行動だ、と思い込んだ。

なので、私はバカだ、という行動をすることで、

笑われて、愛される、好かれるというメリットがあるので、それを

時間をかけて、何度も何度もバカな行動をする。

・怖くもないのに、観覧車で大泣きしてみたり。

・キャンプに行ったとき、ミヤマクワガタが2000円で売っていて、それを欲しくもないのに買って欲しい、と大泣きしたり。

・わさびの塊をわざと、まんじゅうと間違えて食べてしまったり。

・ボート型の浮き輪でぷかぷかと、わさと沖に

流されたり。

そんなバカで、ドジで、アホな行動をし、心配され

構ってもらい、愛され、好かれると思い込んでしまったので、そんな行動を繰り返し、繰り返し、やってしまう。

なので、自分の人生はバカなことをして、好かれる。

それが自分の人生の全てになる。

■第5章 矛盾

バカなことをして、好かれる。

それが資本主義社会の中では通用しなくなる。

資本主義社会のルールでは、

効率、効率、効率。

とバカな失敗は許されない。

バカ、ドジ、間抜けなことをすると、愛されるんじゃなくて、

怒られる。

嫌われる。

という今まで築き上げてきた人生の全てが通用

しなくなる。

ずっと愛されるためにバカを演じてきたので、

それが無意識深くにまで私はバカだ、という

根深い固定した私像になってしまったので、

そのバカな私、を選択する習慣から抜け出せない。

けれども、怒られるのが嫌だから、怒られないための行動を模索する。

その結果、分かったことは、怒られないためには、

資本主義社会の中で決まったルール。

つまりは、正しさ、を行動すればいいということに

気づく。

そこから、世間一般的に正しいとされる行動をする

習慣に切り替わる。

誰からも否定され、怒られない正しさ。

正しいさ。正しいさ。正しい?

そしていつの間にか、正しさとは、人から否定されないこと。

という自分勝手なイコールが生まれてしまう。

「正しさとは、人から否定されないこと。」

75億人が、誰もが正しいね、と言える正しさとは?

なので、いつしか、自分が行動するときに、

ちらりと人の顔を見る癖が出来てしまった。

「これって、正しい?」という確認をしてしまう。

そんな癖。

つまりは、自分の人生は、人に嫌わられないように

顔色を伺い、人に嫌わられない正しい行動をする。

ということになってしまった。

■ステージ3

人間、日本人というエネルギーから、マイナス感情のスイッチが入るようになってしまう。

そこから、どんな人生になってしまうのか決定されてしまう。

ステージ1では、

私はバカだから、好かれる、という人生。

ステージ2では、

私は人に怒られないように、正しい行動をしよう、という人生。

そして、正しさって?何?

誰からも否定、怒られない「正しさ」とは、

効率よく手際よく行動する。

これに行き着いた。

つまりは、人口知能、ロボットのように正確無比な

段取りよく、スピーディに、なおかつ、完璧に。

これをすれば、人から否定、怒られないんだ、ということに気づいた。

自分の夢は、人口知能になる。

完璧に。

そうすれば、怒られるないし、否定もされない。

天国だわー!!