人間は人の話が聞けない理由

人間は人の話が聞けない理由

人間は人の話が聞けない。

これ事実です。

なぜかというと、人間は母親から生まれて「自我」が生まれた瞬間から

この世界から切り離されて、分離、断絶、恐怖、不安を感じるように

設定されているからです。

いわゆる、人間のエゴ(分離意識)ですね。

なので、いつもニコニコ、最高!最高!ハッピー!ハッピー!って言っているような人も、心の奥深くには、

恐怖、不安が存在しています。

100%間違いなく。(自我があり、悟ってない人は、そうなります)

自分の怒り体験

自分も人の話が聞けないな〜、と思った事件が2つあるので紹介します。

仕事上の会議で、ある人が目標設定について意見を言ってました。

その意見に対して自分は、「支離滅裂なことを言うな、こいつは!」と

かなりイライラして聞いてました。

そして、その内容について職場の仲間に話しました。

「本当に、支離滅裂なことばかり言っているよ。曖昧で何言っているのか、分からなかった。」みたいなことを伝えたところ・・・。

その時に、同じ会議に参加していた同僚から、「え?支離滅裂?私はそう感じなかった。」と。

なんだ?え?どうゆうことだ?と会議の資料として録音されていたので、

もう一度聞き直してみることに。

・・・・・・

チーン。

汗。。。

「なんてこった!」

「ちゃんと明確に目標設定について質問してるやん!」

どうゆうことなんだろ・・・・。かなりショック事件でした。

それで自分の認識を解析してみたところ、その人に対する認識が

「支離滅裂なことを言う人」と規定していました。

あ!そうゆうことか!

その人に出会う時に、この人は「支離滅裂な人」と思い込み、そのフィルターで

話を聞いてた、のに気づきました。

ヤベー、本当に人の話を聞けなんだ。。。

ショック事件その2

ショック事件、その2

同じように職場で、こんなことを言われました。

「あなたのプロジェクトは失敗だから、見直して」と。

失敗という言葉に囚われて、恐怖が発生し、その瞬間、すぐに怒りが出てきました。

失敗した、やばい、という恐怖、不安が無意識にあり、けど、それは認識できない。

すぐさま、失敗することなんて許されないから、それを瞬間的に言い訳をするために、

「めちゃくちゃ、努力して頑張ってきたんだから、それを分かれや!ぼけ!

」と正当化し、同時に怒りが出てきました。

そして、イライライしながら「そのあなたの提案は受け入れない」と頑なに意地を張って、相手の「失敗した」という意見を潰そうとしました。

それで話がお互いにイライラして噛み合わず、最終的に自分が折れた形で、

その提案受け入れるから、まとめて問題点を話してみて、と伝えたところ・・・。

もう伝えたから、と言って、向こうから電話を「ブチっ」と切られました。

その瞬間、殺意が湧き、「ぶっ殺す!」と逆上しました。

てめーこのやろー、こっちが折れて話を聞こうとしているのに、てめーは、俺の努力、頑張ってきたことを認めず、さらに、最後に電話を切りやがった!

殺意の最上級の殺意が湧き、しばらくはイライライしながら、なんとか、その相手の悪いところをついて、相手を攻撃したくなりました。

そして、しばらくして、自分の認識の変化に勝負する決断をして、自分の中にある状態を観察しました。

すると・・・

最初の「失敗した」という相手から言われる前に、その人から電話が来た時に、

「嫌だな。」「めんどくさい奴」と認識してしまったところから始まりました。

そのフィルター。

そしてさらに、「失敗した」という自分にとっては怒りスイッチポイントである言葉を言われて、イライラ、怒り、むかつき、という感情が出てきて、

こいつの言うことは、俺を攻撃する奴だ、戦う、負けない、と言う戦闘モードに

入ってました。

なので、その人の「失敗」の背景には、もしかすると、もっとバージョンUPをして欲しい、とか、私が使い勝手が悪くて、困っている、助けて、と言うメッセージがあったかもしれません。

相手の立場、相手の気持ち、を受け取ることができずに、相手に対して、

自分の頑張ってきた気持ちを受け止めてない、こいつは!

と逆ギレした。

こんなショック事件が2つありました。

本当の哲学とは目の前の人が自分の状態

この2つのショック事件。

相手が悪いとジャッジして、自分の内側の状態を見ないようになっているのが人間です。

実は、この怒りが出た瞬間がとてもチャンスであって、自分が大きく変化するきっかけになるのです。

自分の場合は、ショック事件2の方で「こいつ、人の気持ちも分からないで、人の話を聞いてないな。」と相手をジャッジしてましたが、

実は、人の話を聞いてないのは自分の方なんです。

目の前の人は、自分の意識では気づけない、無意識の姿そのものなのです。

これは、本当に難しいトレーニングですが。笑

怒った時に、チャンスであり、自分の認識を知ることになります。