悟っている人の「2つの」見分け方とは?

悟っている人の「2つの」見分け方とは?

■悟っている人とはどんな人なのか?

最初は、なぜ大学を歩いているの?と分からないかもしれませんが、
1分48秒
から人間の不幸の原因を語っています。
悟った人の特徴としては、人間の不幸の原因を明確に分かっている、と
言うことも1つに挙げられると思います。 ↓
https://www.youtube.com/watch?v=SGS96xOYsMQ

では、

悟っている人をどうやったら見分けることができるんでしょうね?

「悟り」といっても人それぞれ、バラバラなイメージなので、

「あぁだ。」「こうだ。」「それは違う。」「いやいや違う、違う。」とそんな

意見が飛び交い食い違うのは当然ですよね。

ですので、今回は、自分の解析で悟った人の見分け方を

書いてみたいと思います。

なぜ、そんなことが書けるのかというと、自分は悟りを追求し、宗教に10年間修行したり、悟ったといわれる人のセミナーに参加したり、

または、悟っているインドの聖者に会いに行ったりと。

「悟り」とつくものは手あたり次第、かじってきたので、そのイメージがあるんですね。

ではでは、悟った人の見分け方をお伝えしたいと思います。

■世間一般の悟った人のイメージはちょっと違う?

実は、世間一般的に、悟った、と言われる人。

その人のイメージは、だいたいこんな感じじゃないでしょうか?

いつもニコニコ、怒りの感情がない、何があっても寛大で許してくれる。

そんなイメージじゃないでしょうか?

そういった人達ももちろん、いますが、その悟ったといわれる人達は、

悟りの初期段階だと思います。

自分もそういったすべての存在が美しくなってしまい、そして、怒り、イライラの感情も心地よいメロディーのように感じてしまうこともありましたが、

その感覚は、悟りの初期段階に当たります。

感覚レベルで気持ちいぃー、何があっても大丈夫、許せる、楽しい、歓喜、感動という感情が常にある状態です。

これがいわゆる世間一般的な悟りのイメージですね。

この悟りは、インドの聖者の悟りのイメージだと思いますけど、現実世界とは

かけ離れてしまって、現実社会になじめない、という弱点があるので、

悟りの初期段階なんですね。

しかも、それは感覚でしかないので、環境によって影響を受けて、長続きしません。

■悟りの2段階目の人とは?

その感覚の悟りを通り過ぎて、次の2段階目の悟りとは、現実に戻ってくる、という悟りです。

この悟りは、ちゃんと現実に足をつけて、現実を生きることができる悟りです。

人間は怒り、悲しみ、苦しみ、そして、喜び、歓喜、感動など、マイナス、プラスと2つの相対的な感情を持ち合わせています。

この現実は相対世界のペアで成り立っているので、

そのペアである2つとも、どっちとも楽しめる境地が悟りの2段階目に当たります。

つまりは、苦しみ、悲しみ、というマイナス感情も、嬉しい、楽しい、感動というプラス感情も、どちらも楽しめる境地になります。

この楽しめる境地というのが、どうゆう状態なのかというと、

それはプラス感情と、マイナス感情と、自分で自ら選択できるという状態です。

例えばこんな感じです。

今、この状況では、怒りの感情出した方が、相手にとって変化できる

タイミングだから、怒りを出そう。

「おいっ!てめー、舐めてんのかぁ!バカヤローっ!!!」と怒鳴り散らす。

みたいな感じです。

一見、この人怒りっぽいから、悟ってないんじゃないか?と疑うことがあるかも

しれませんが、怒りの感情を道具に使って、わざと出しているだけなんです。

それはまるで、日常生活があまり怒ることがない映画俳優が、ヤクザで人を脅すシーンを演じる、というようなことにあたりますね。

感情を選択できること。

これが悟りの2段階目の人の特徴です。

自分もまだまだ、明確に感情を出し入れすることは難しいんですが、

怒りの感情を出しながら、それをみている自分もいて、怒りを出している場面で、急に笑いが込み上げてきて、

まずい、まずい、今の場面は怒りを相手にぶつける方がいいから、笑わないようにしよう、ということもありました。

なので、世間一般的には、悟った人は、怒らない、イライラしない、ムカつかない、と思いがちですね。

実は、お釈迦様も怒りっぽかったと言われていて、不謹慎かもしれませんが、お釈迦様がなくなったときに、ほっとした弟子もいたみたいですね。

でも、一般人との違いは、お釈迦様は激怒して弟子をしかりつけたときに、

一瞬で、その弟子を抱きしめられる愛もあったと言います。

普通なら、怒った瞬間は尾を引いて、へたすればそれが何か月、何年も恨みという形で蓄積されてしまいます。

けれでも、お釈迦様は怒った瞬間に、もう、ニコニコして愛を発信できるという

怒りと愛を瞬時に、切り替えることができたようですね。

なので、お釈迦様も、いつもニコニコ、笑顔、ではなく、プラス、マイナスの感情を道具として、自由に選択し、出し入れができたんですね。

■僕らができる悟りトレーニングとは?

では、感情を出したり、ひっこめたり、自分に意思で選択することができる。

その境地になるためには、どうしたらいいんでしょうか?

悟りにも段階があり、ピンキリなので、初期の悟りのほんの入り口になりますが、

感情に掴まれない、というトレーニング方法をお伝えします。

それは、かなり自分自身に決断、覚悟がないと難しいんですが、
自分がイラっとした瞬間、自分がムカついた、その瞬間、

自分が絶対にこれ許せないって思った瞬間。

その瞬間が大チャンスです。

なぜならば、怒りというのは、思い通りいかないところから発生してきて、

その思い通りいかない、という考えの背景には、

自分が絶対に正しい!というイメージが潜伏しています。

なので、自分が絶対に正しい!というそのイメージを発見し、そのイメージに

固定されているから、怒りが出てくるんだ、と客観視できると、感情を自分で

コントロールすることができるようになります。

これは本当に、凄いことで、ほとんどの人がこのトレーニングをやりません。

というか、できません。

なぜならば、人間というのは、怒りが発生した瞬間というのは、考えという理性

ぶっ飛んで、目の前の人、状況のせいする、という反射してきたのが

人間だからです。

ぱっと見て、ふっと思い、ふっと出た怒りの感情は自分が問題とは思わず、

目の前の人の責任にする。

ということの思考パターンが瞬時に走るので、それにすら気づけないのが

人間です。

この思考パターンは、自分の身を守る、存在を守るための生存本能と直結しているので、かなり難しいトレーニングになりますね。

なので、イラっとしたり、怒りの感情が出たときは、その瞬間は怒りを爆発させてもいいので、あとで、なぜ怒ったんだろう?と落ち着いて、

紙に理由を書いて、だから、自分は、こうこう、こうゆう条件になると怒りが

出てくるんだね、と理解することが大事ですね。

もちろん、怒りだけじゃくて、悲しい、苦しい、という時も、なぜ苦しんだろう?

なぜ悲しんだろう?と理由を紙に書いて、客観視することもお勧めします。

こうやって感情を見つめて、自分の感情を客観視できるようになると、

悟りの初期、悟りのほんの入り口に、足をかける、かけた、というレベルに

到達するので、ぜひやってみてください。

PS:

実は、感情というのは、イメージから発生します。

そのイメージというのは人間の脳の残存映像から発生します。

なので、人間の脳の残存映像をコントロールする、それを何とかする。

というある意味、人間の認識を変えることが根本的な変化になります。

この認識を変化させる技術が、こちらになりますので、興味があるから

はぜひ、自分の目で確かめてください。

↓ こちら