自分たちのために死んでいった先人たち
- 2018.08.13
- 悟り(本当の自分)
自分たちのために死んでいった先人たち
北海道はとくに、道なき道を開拓して
寒さでなくなったり、
ロシアからの進行をふせぐために、屍になった
道路が歩ける、生活できる、生きれる
それが先人たちの言葉どおり命かけて
つくった、場所に生きている
それは間違いない
その英雄を知らないで生きている
その教育をしないことに腹が立つ
俺らが生きているのは、開拓、開発してきた
開拓民のおかげ。
絶対に人間が生きれない北海道で
不可能を可能にした開拓民を忘れてどーする?
開拓の魂と、誇りとプライドはどこにいった?
未来の自分たちに素晴らしい日本、世界で
生きて欲しい
戦争に負けても植民地化されても、
日本人の精神だけは守りたいとメッセージを残し
死んでいったサムライ日本人。
未来の僕たちに、託されている。
2度と戦争しない世界を創ってくれ
それを僕らは1ミリも受け継いでない現実を直視したとき・・・
亡くなった先人のサムライたちは、一体何を想うんだろう?
自分のことだけ、エゴを満足するためだけの
動物的な生き方が蔓延している。
まずは自分がお金稼いで、余裕が出来て、満たされてから人にやさしくできるよね?
って。
そんなの一生満たされることなく、他人のことなんて
考えられない人生をずっと過ごすだろ?
個人主義
エゴバリバリ
そんな日本の現在地
目の前の人が死んでも、戦争でたくさんの人が死に、
3秒に1人の割合で、多くの人たちが餓死して死んでいく。
それでも、自分や自分の家族のことしか考えられない人間ばかり
大量に生産してしまった。
そして、世界平和、理想論だ、そんな真面目な話をしたくない、と
馬鹿にする。
戦争しない世界作りたい、そんな話もできなくなった?
くそ社会、くそ世界はいつの間に作られたんだ?
■人類の歴史は?
恐怖、不安を無くす、消すことを考え続けた歴史。
それが、終止符を打つ。
どうやって?
一体?
それが恐怖、不安との出会い方を変えたときにチェンジする。
恐怖、不安の存在をなくすんじゃなくて、
「私はどうして恐怖、不安を存在させたんだろうか?」
その質問をし続けること。
恐怖、不安は絶対的に必要な存在であり、バージョンUPするために
必要な素晴らしい存在。
それを認識すること。
この教育を入れ込む、入れ込む。
恐怖、不安がどこからともなくやってくる悪魔のような認識ではなく、
自らの内側から、自分の中から生まれた赤ちゃんのようなモノだから
可愛がり、いとしく抱きしめる、抱きしめられるような認識に
チェンジすること。
自分が創った可愛い、可愛い、恐怖、不安。
その向きあい方。
だって、恐怖、不安が1ミリもなかったら、自分のこの体をキープすることができない。
恐怖、不安がなかったら、死に対する怖さがなくなり、
いきなり、12階建てのマンションの屋上から、飛び降りてしまう。
死が怖くないと、自分の身体をキープできなくなる。
つまりは、生命を維持することができなくなる。
だから、せっかく、この世界に生まれたんだから、恐怖、不安は
安全装置のようなもの。
恐怖、不安よ、ありがとう。
と、その一面もあるが、
実はさっきも言ったけど・・・
次のステージに行くための、スイッチでもある。
こんなちっちゃい体の自分は偽物だよ、というメッセージが
「恐怖」の正体。
そのメッセージについては、またのちほど文章化しようと思う。
なぜ恐怖、不安が存在するのか?それは次のステージに行くために
存在する。
さて・・・
かっこいい日本の侍はどこに行ったんだろう?
あ、いた。
ここに。
-
前の記事
人間のシンプルな「立つ」ことは? 2018.08.12
-
次の記事
否定され必要されない自分は生きる意味はあるんでしょうか? 2018.08.19
コメントを書く