ヘーゲルの弁証法を使ってイーロンマスクの仮想現実でない確率が10億分の1を取り扱ってみよー。

ヘーゲルの弁証法を使ってイーロンマスクの仮想現実でない確率が10億分の1を取り扱ってみよー。

自分という存在。

そして自分という人間という存在。

それが「ある」「存在している」と強烈に思い込みすぎて疑うことすらバカバカしいくらいの超常識になっている。

が、Googleの創始者のラリーペイジ氏が彼のためなら財産をいくらでも出資するとまで言わせる天才経営者でもあるイーロンマスクも「この世界という現実はコンピューターシュミレーションだ」と言っている。

しかも、自分という人間も含めた現実世界が存在しているという確率が10億分の1と言っちゃっている。

つまりは、ほぼ100%近く、この世界はシュミレーションであり、錯覚であり私という存在は、スーパーマリオブラザースのようにコンピューターゲームの登場人物である、と。

俺、誰かがAボタン押したら、「びょ~んっ」て勝手にジャンプするキャラってこと?

そう。そうゆうこと。

(沈黙・・・。悲)

これは最近、本屋さんに行った時にもチラっと目にしたけど、トムソーヤの冒険でおなじみのマークトゥエンも、人間とは何か?と著書の中で「人間は機械である」と言っている。

さらに・・・

銀河鉄道の夜でおなじみの宮沢賢治も「人は夢の中で生き、夢の中で死んでいく」と語ってもいる。

そのように世界は実在していない、夢だ、シュミレーションだ、などなど哲学者、科学者、物理学者、宗教家、経営者たちが言っているが、

その中でも、27年前から、明確に宇宙もない、地球もない、もちろん人間もない、あなたもない、と言い切って、しかも教育体系化まで成功している人もいる。

(宇宙がない、自分もない、というキーワードに興味ある人は、こちらから1度、確認してみてください)
NohJesu nTech マスター 1Day | Projec J ワークショップ (reiwaphilosophy.com)


■イーロンマスクの言っていることは正しいのか?

この現実が錯覚、シュミレーション?リアルじゃない?イーロンマスクは気が狂ってるな、と。

そんなことを言っている人がいるかもしれなけど、イーロンマスクはもともと狂っている。
(地球上の人口爆発問題を回避するために、人類火星移住計画を立てるって一般目線からみると狂っている)

今の時代は、「狂っている」と言ってる側が、狂っているとも言えるし、イーロンマスクが
未来が見えてる!素晴らしい経営者だ!と大絶賛する人もいる。

要は無限にある価値観から、何を選択するのか?という自分の単なる選択にすぎないので、
誰が狂っている、誰が狂ってないか、という論理は、そんなに重要じゃない、と思っている。


それと、今は、有名ななんちゃら大学教授が言っている、最先端の科学技術によって、というひと昔前ならば、すごい!と新興宗教のように、名誉様!とばかりに膝をついて土下座をし、

床に頭をすりすりして、ありがたがる。

そんな「権威をありがたがる宗教」の時代は、コロナの影響によって、一瞬で消し去ってしまったように感じる。

だって、科学も、医療も、マスメディアも、政治、政治家、経営者、「いわゆる権威がある人たち」が

右往左往し、何も明確な解決策も出せず、戸惑う。そして誰も未来に希望を発信していない。

その結果、「あー、誰も信用できないなぁ」という人が増えたはず。

信用しないというか、情報を不信し、騙されないぞ、と。そんなかたくなに決断しているかのように
もう、最先端の科学だ、とか。ノーベル賞受賞した天才物理学者の言ったことですら、

疑い、簡単に信じてくれないし、何が正しくて、間違っているのか、という判断できないぐらいの情報洪水、情報蔓延しすぎて、どう情報を取り扱っていいか分からない人たちが増えている。

なので、これから自分が発信する情報も、もちろん不信をもって、疑心暗鬼し読ながらみ進めて

欲しいんですが、そもそも、この現実はシュミレーションだという論理は、スウェーデンの哲学者であるニック・ボストロム氏が提唱した、ということみたいです。

それをイーロンマスクは賛同しているみたいだけど、さらに、
オックスフォード大学の研究者が、そのシミュレーション仮説が間違っている、と完全に論破したという「反対意見」の情報も生まれている。↓

「この世は仮想現実ではない」オックスフォード大が“シミュレーション仮説”を完全論破! 研究者「全宇宙レベルで絶対無理!」 (2017年10月5日) – エキサイトニュース (excite.co.jp)

それと、さっきも伝えたけど、オックスフォード大学の研究者って聞くだけで、「正しい」と、まだ未だに無条件で信用しちゃう人もいるけど、情報を自分で確認して、自分で判断するというリテラシーが超重要な時代になってきているな、とつくづく最近は思う。

■ヘーゲルの弁証法でシュミレーション仮説を論破しよう

ところで。

さっき伝えたシュミレーション仮説が間違っているという反対意見に対しても、また、NO!という反対意見が出てきて、論破が繰り広げられる。

そのことは知ってましたか?

論破&論破みたいな。

それが人類が知をつむぎあげてきた歴史なので、その全体像をしっかりイメージするのが大事だと思いながらもブログを書き込んでますが、改めて整理してみると。

この世界は仮想現実でシュミレーションじゃないって研究者は、じゃぁ、シュミレーションを作った神様みたな設計者がいるとして、その設計するときに、もちろんプログラミングし、情報を組み合わせると思うけど、その情報が、

「半端なく多すぎっ!」って言っている。

つまりは、理論物理学者のリンゲル氏とコブリジン氏らの研究者たちは、そんなめちゃくちゃ多い情報量は、ありえないから、この世界は仮想現実じゃないと言っている。

けど、この記事↓

宇宙がシミュレーションだとすると「神様のPCに必要な空き容量」が明らかに (3/3) – ナゾロジー (nazology.net)


によると、「宇宙のシミュレートが可能な技術レベルに到達するのは、思ったよりも近いのかもしれません。」と言っており、
6.036×10の71乗ギガビットが宇宙を創造する情報量という数字をたたき出している。
(ここまで数字化できるって数学やっている人ってすごいな!)

なので、ちょっとここでプチまとめをすると・・・・

ニック・ボストロム氏が「シュミレーション仮説」を説いて、それにイーロンマスクも賛同したが、

しかし、理論物理学者のリンゲル氏とコブリジン氏が

「シュミレーション仮説」は間違っているし「情報量が多すぎてシュミレーションを作れないから」と発表し、それに対して、さらに、いやいや「シュミレーション作れるから」と

英国ポーツマス大学が発表している。

どうですか?正しさと思い込んでいる世界を発信し、それに対していや違う、という反の意見をぶつけて融合していく人類の知が積み重なっていくプロセスは。

ヘーゲルの弁証法である、正・反・合(融合)をし続けている人類の英知というか、頑張りというか、それが垣間見えるような気がしました。


■最後にプチ文句をば。

けど、ここでふと疑問が浮かぶ。

人間の英知を超えたとてつもない膨大な情報量だから、宇宙コンピューターのシュミレーションは作れない、というような発表をした、理論物理学者のリンゲル氏とコブリジン氏に言いたい。

宇宙がシュミレーションだとして、コンピューターゲームの中のスーパーマリオのようなキャラである人間が、コンピューターを作った任天堂のゲームクリエーターの宮本茂さんのような存在のことを画面の中にいるマリオは、理解できるはずがない。

まぁ、人間が神様の気持ちが分からないように、「作られた側」と「作った側」の情報量の圧倒的な差はあるのは当然のような気がする。(ゲームの中のマリオのようなキャラの知性が人間並みだったら逆に怖いわっ)

と、軽くジャブ程度の文句みたいなことを言ってみたけど、研究者とか、専門家とか、無条件で凄い人たちと思いやすいけど、いっぱい「プチ文句」などを言って突っ込みを入れることで、研究者、専門家の人たちも、それに答えることで、さらに

学び、深みがますと思うので、これからも、どんどん文句を言っていきたいな、と思っています。

それと、

今日は本当は、この文章の7倍ぐらい書きたい内容があったんですが、もう夜中の2時近くで疲れてきたのもあり、いったん、寝ようと思います。

おやすみなさいー。

あ、そうそう。

ニック・ボストロム氏が「シュミレーション仮説 」を立ててますが、

じゃぁ、シュミレーションじゃない世界(神でも、仏でも、空でも、なんでもいいけど、現実を作った側)

から、現実というシュミレーションを作った仕組みである宇宙コンピューターの作動原理は、

彼は語ってない。

その彼が語ってない世界である、PC(パーソナルコンピューター)じゃなくて、PU(パーソナルユニバース)。

PU感覚(パーソナルユニバースが学べる研修)
デジタルリーダーシップ7期の開催のお知らせ (jeigrid.co.jp)

つまりは、1人に1台のスマホを持っている、みたいに、これからの時代は1人に1個の宇宙コンピューター(PU感覚)を持っていることになる。

誰もが宇宙の作動原理を学び、この現実が当たり前のようにシュミレーションであることを理解し、

そして、この現実画面を自由自在に、それはそれは、神様のように編集、デザインできる人たちが増えていくと思います。(今、現在進行中で、そのPU感覚を得るための研修中です。)

最後に眠気をこらえて言いたかったことを言ってみた。

では、では、改めて、おやすみなさい。