SATORI(悟り)を化学化できる背景には何があるのか?
- 2019.06.11
- 悟り(本当の自分)
悟り。
今までの悟りはインドの瞑想から来るようなイメージで
完全100%主観の世界観でした。
つまりは、自分という個人の中に閉ざされてしまっている世界。
なので、よくありがちなのは、スピ系の人は目の前の人とコミュニケーションが出来なくなる。
例えば、自分は意識が覚醒したので、波動が高まった。
私は波動が高いから、愚痴、文句、人の悪口を言う波動の低い人たちとは
関わらないし、付き合わない。
って!
全ては1つなんだから、目の前の「波動が低い」と思い込んでいる人も
自分の体の一部じゃん!
何か悪いものを食べてお腹が痛くなった時に、お腹をさするんじゃなくて
お腹を否定、ジャッジし、攻撃する?ようなもんです。
自分を否定してどうする?
・・・と元スピ系にどっぷりハマって時間とお金をうん百万円
投資した自分からすると、そんな過去もあったなぁ、と感じた次第です。
(実は波動が低いね、と言って目の前の人をジャッジしていたのは昔の自分です!)
では、こんなワンネスっぽい、分離した目の前の人をジャッジしてしまう
現象の何が明確に問題なんでしょうか。
それは、さっきも言ったけど、「主観」ということが問題だと思います。
つまりは相手と共有、共感が絶対にできない。
自分の脳が映し出している幻影を真実だ、最高の境地だ、と思い込んでいて、
それを人に伝達、共有、共感できない。
もちろん、自分の主観100%なので、客観性が0。
客観性が0ということは、教育化も出来ないし、産業化も無理だし、文化文明にもならない。
だから、そう言った東洋人の観点でもありますけど、主観的なSATORI(悟り)は世界を変えることはできない。
主観的なSATORI(悟り)は、客観的と言われている科学に負けている。
現代は科学の発展、進化、進歩によって作られたと言っても過言じゃない。
だから、西洋が東洋を植民地化していき、西洋がこの世界の全ての実権を握っているかのように。
西洋の科学をベースにした文化、文明、社会を構築している。
そこに気づく人はかなり少ないと思う。
だって、主観的な感覚の悟りが最高だ!という観点に固定されているで。
東洋人全体が。
物質主義の社会で、物質よりも精神が素晴らしいんだ、という東洋人の思い込み。
原子、素粒子の集まりによって、細胞が作られていて、その細胞の集まりで
脳みそが存在している。
その脳みそから、イメージ、気持ちという「精神が最高だ!」という感情が生まれている。
その感情を精神を「心」と勘違いしているけど、それは心の一部分であって、
心とは原子、素粒子をも作っている意思、つまりは、全てのあらゆる存在、その存在をも生み出している非存在。
それら全部ふっくるめて、心と言います。
なのでほんの一部分のちっちゃな、ちっちゃな感情レベルの心というものを
大事にしすぎてしまっている。
だから、物質に、感情が負けるのは当然。
現に、物質という原子、素粒子、脳みそ、という枠の中に「心の一部分の感情」が収められてしまっている。
言い方を変えれば、物質に心の一部分の感情が支配されているとも言える。
こういった物質が感情を統制しているという支配構造は、
西洋人が東洋を植民地化していけた背景にも繋がります。
産業革命から物質である武器のバージョンUPによって西洋列強による支配構造が確立されたのは一目瞭然です。
心の一部分の感情、気持ちというものが、物質という軍事力に負けているんです。
この解析は、西洋人と東洋人の「質問」の違いから発生しているんですけど、その解析は、また別の機会に話します。
なので、話を元に戻すと悟りというワンネス、全てが繋がった世界は
主観じゃなくて、客観的に人に伝達、共有、共感できる
「規定」が必要になります。
イメージを共有できる「規定」。
誰もが再現できるイメージ。
それができることで、口コミが広がり、産業革命のように、社会、世界を大きく変革していけるパワーになるのです。
悟りを共有できる、悟りを再現できる、つまりは、悟りを科学化できる。
それがこれからの時代に求められる技術であり、教育になると思います。
この悟りを化学化できる背景には、新しい発見、発明が欠かせません。
単なる精神論じゃなく、発見、発明によって、不可能が可能になる世界もあることは、歴史が物語っていると思います。
石油を最初に発見した当時は、「何に使うんだ?このドロドロの水を!」と
誰もが見向きもしなかった宝の素材。
その石油の未来価値に可能性を見出していた人たちは今では億万長者だし、
最初に電気を発見した時も、「こんなものがどうやって役に立つんだ?」と世間一般の人たちは思っていたみたいですね。
なので、時代を変える発見は、最初は「こんなもん使えないな。」と世間一般の人たちは見向きもしない傾向にあるように思う。
なので、悟りを化学化することに成功したnTech(認識技術)は、
「こんなもの使えるの?」「よく分からない」
と最初は思う傾向にあるのは当然です。
時代を変革する技術は、最初は理解不可能だから、そうなってしまうんですね。
可能性を観れる先見の目がある10%のうちの、1%しか、時代を大きく変える未来価値を理解できる人はいないのです。
もしあなたが1%の未来価値を理解できるセンスを持っているのならば、
悟りを化学化できる、悟りを産業化できる、悟りを教育化できるイメージが
自分にはあるので、ぜひ、ご連絡ください。
では、では、今日はこのへんで。
-
前の記事
「悟りとは何ですか?」という問いに答えている人が明確にいないのはなぜ? 2019.06.10
-
次の記事
日本の涙、北海道の涙。 2019.06.14
コメントを書く