人間の認識の歴史③

人間の認識の歴史③

前回、量子力学的な思考とはどういったものなのか?という

問いかけがあったので、それを今日はお伝えしたいと思います。

量子力学では、物質である素粒子といわれているものは、

人間が観測するまでは波動になっている、ということです。

つまりは、人間の観測行為によって、素粒子が存在するということになるんですね。

もう少し詳しくお伝えすると、形がない波動から、形化された素粒子という存在は人間の認識行為が作用しているので、

人間の意識(精神)と、物質は、関係ない、という今までのデカルトの心身二元論は成り立たないということになります。

本当のことを言えば、このことから物質とは、物質と思い込む人間の意識の一部分なんですね。

つまりは物質は人間の意識であり、あなたの意識の一部分になるので、あなたの意識の中に、地球、太陽などが存在しているんですね。

このことが分かると、目の前に存在している相手を自分がどう認識しているのか?

ということが理解でき、相手を変えることは不可能であって、相手をどう自分が認識するのか?という、ただそれだけになります。

相手を否定した瞬間に、実は自分のそう思い込む認識を否定していることになるんですね。

そうった意味でも、人と人のコミュニケーションが、デカルト認識だと分離から始まり、自分とは関係のない存在になるので、

平気で目の前の人を殺したりする殺伐とした社会になります。

けれども量子力学的な認識ならば、目の前の人は自分の意識の一部分なので、相手を殺害することは、自分の認識を殺害することになるので、

殺害ができなくなります。

なので、人間の認識を変化させないと、小手先の変化では人と人の争い、摩擦、衝突、戦争は終わらないのです。

では、さらに次回は詳しく人の認識が変化することの意味価値を

深めていきたいと思います。

次回、人間の認識の歴史④につづく