「効率」は人間の尊厳を殺してしまう。

「効率」は人間の尊厳を殺してしまう。

最近の自分のテーマが「効率」になっている。

何故ならば、効率よくやる。

それが正しさであり、そこを目指して日々、生きていたのを確認したんです。

全ての中心価値が「効率がいいか?」という考えで人生を生きていたのに気づいた。

なので効率よくやる、ことがカッコ良くもあり、ステキな憧れの人物像になっていた!

けれども蓋を開けてみれば、「効率よくやる」というのはロボットの得意分野であって

人間は効率よくない無駄なことをしている特徴がある。

なぜ?

人間はロボットのように効率よく作業することが本来の機能ではない、と思う。

資本主義社会では効率よくお金を稼ぐ、という

絶対のルールがあって、そこには抗うことが出来ない。

だから、機械的に「効率よくお金を稼ぐ」ということが本来の人間のやるべきことじゃなく、

人間はクリエイティブが出来る存在だと思う。

このことを伝えても頭では理解できるかもしれないけど、腹に腑に落とすことは容易じゃない。

なぜならば、資本主義社会の秩序を作っている権力者達からみれば、

ロボットのように、機械のように効率よくお金を稼いでくれる奴隷のような人間が一番優秀な存在として重宝されるからだ。

おもむろに、ロボット、機械のように、奴隷のように働かせられている。

といえば気づきやすいが、「効率よく」とか

「さぼっちゃ、いけない」など、倫理道徳的に、そして人間の素晴らしさ、成長というイメージをも入れて教育させられているので、

気づかない。

わがままなことを自由と思い込まされ、奴隷、非人間的なロボットを、

効率、スピーディー、手際がよい、というすり替えで巧妙に、教育させられてしまっている。

さらに、さぼる、段取り悪い、という状況になると、それを律しないといけないので、75億人全員を監視するのは大変。

だから、目の前の華族、恋人、友人、知人を監視員にする。

さぼる、効率悪い、仕事出来ないやつ、という状況になると、口には出さないが、無意識に

ジャッジ、否定、律するという反応をするような教育を受けてしまっている。

なので、人工知能の出現は、人間の尊厳を叫んでいるメッセージになる。

人間は誰かに従うロボットじゃない!

人間は我慢してやりたくもないことをする機械じゃない!

人間は赤い血が流れているクリエイティブな存在だ!

そんな叫びを代弁しているのが人工知能の登場のような気がする。

働くって何?

仕事って何?

この体をキープするために生きてる?

資本主義社会は、効率、お金が中心で

人間の尊厳を殺す社会だ。

だから、人中心の社会に変革する必要がある。

なので、まずは、今の時代は、人間がお金のためにやりたくもない仕事を我慢してやる。

それに対してお金を稼いで自由になる、というおかしな方向性じゃなくて、

人類全体が資本主義社会はいらない!

そして、新しい社会秩序の必要性、人間の進化、そのための人間の可能性を爆発させる教育を発信していくこと。

このことに目覚める人が1でも増えていくことが大事と思った