日本人の共通した「自己否定文化」という限界点とは?
- 2018.11.29
- 日本の使命
■日本人とは?
日本人。
一言でいうと、自己否定が強い。
自分はダメだ、自分は何もできない、自分なんて・・・
という感情が常に、常に存在し、そこから考えも発生しまう。
昔、インドに行ったときに、南アメリカのラテン系の人に出会ったけど、
彼らは、時間を楽しみ、自分を楽しむ、ということを中心軸にしていて
自己否定をするような文化や、習慣がそんなにないな、とビックリしたことがある。
その時感じたのが、日本人は戦後にアメリカのGHQの7年間の支配下のもと、
原爆を2つも落とされたのは「自分達が悪いことをしたからだ。」と
ある意味、つじつまを合わせて、自己否定文化を植え付けられてしまった。
というイメージがきて、日本人の洗脳に大成功したな、とふと思った。
そして、
個人、個人の問題じゃなくて、日本という国の環境が、自分をダメだ、自分は悪いことをした罪人だ、というエネルギーで充満しているんだな、とも感じた。
それは、昔、韓国に行って、日本に帰ってきたときに、
空港の日本人スタッフに出会ったときに、その笑顔が建前であり、内側にこもったエネルギーを感じたし、それが自己否定、自分はダメなんだ、という自信がないのを笑顔でごまかしている、とふと思ったことのもあった。
■ 日本人のコミュニケーションスタイルの背景
日本人というか、自分も何かモヤモヤして発言できない時がある。
その発言出来ない理由がよく分からなったけど、それが昨日、やっと分った。
それが、◯×判断というジャッジがあるエネルギーを感じると、自分が発言できない感覚に襲われることが理解できた。
その◯×、ダメ、いい、という判断のないエネルギー、感覚のコミュニケーションだと自由に発言してとても楽しいけど、
◯×、判断、する会議などに参加すると、発言したいけど、何か発言ができなくなってしまう感覚に襲われる。
日本人は自己否定する人が多いと言ったが、
実は、自己肯定する人の方がじつは、大変だなとも感じたことがある。
日本人は日本という戦後の自己否定文化という環境によって、必ず、その情報をインプットされてしまっているので、
日本人は基本、全員「自己否定」することが強い傾向にある。
だから、自分はダメだという自己否定を「言えるのか?」「言えないのか?」の違いだけでしかない。
なので、マイナスの日本人の罪意識を無視して、「俺できる」と無理やり
自己肯定感を発信し続けていると、
無意識に自己否定が蓄積されるパターンになってしまう。
「俺、できるよ」「俺は、間違ってない」「俺は正しい」と表面的に表現はしているけど、そのプラスの発言をすれば、するほど
無意識では「俺、できないよ」「俺は、間違っているよ」「俺は、正しくない」と、どんどん自信がなくなる蓄積をしてしまうことになる。
さらに酷いことに、
日本人で表面的に「俺できているよ、お前できてないね。」というスタイルのコミュニケーションをすると、
日本人はとても繊細なので「お前できないよね」というエネルギーを感じてしまった場合は、
そういったプラス思考の人を嫌いになる傾向になる。
「お前できてないね」って言われているようで、ムカつく、あいつは!と
いう感情に触れて、その人との関係性が築けなくなってしまう。
■私たちは罪深い人間なんだという教育プログラム
日本人は、「私たちは、悪いことをしたから罪が深い・・・」と思い込まされていることは先ほど伝えましたが、
戦後のGHQでギルトインフォメーションプログラムという教育を7年間受けて
「罪意識」を植え付けることにアメリカは大成功させてしまった。
それのひとつに、
広島、長崎で合計20万人も原爆で亡くなっているけど、
お前たちは、それを上回る南京大虐殺で30万人を日本人は殺している。
だから、お前たちは、30万人殺したんだから、20万人殺されても
文句ないだろ?
という単純に、お前の方が悪いという数の論理で罪意識を受け付けられてしまい、
世界中にアメリカが原爆落とした正当性について、日本人が変な形で受け入れてしまっている。
その当時の南京では人口が20万人と言われているにも関わらずに、
「30万人以上」の「大虐殺」が行われているのは数字的におかしい?という
意見もあるけど、
こういった事実情報が正しい、間違っている、ということを論じたいわけじゃなく、
西洋人が日本人が二度と逆らわないように、情報操作をされて、
日本人が「私たちは悪い事してしまった。」と思い込まされているんだ、ということを伝えたい。
日本人は強烈な罪意識、自己否定が無意識深くに存在しているんだ、ということを共有することがとても大事なので、
それを声を大にして伝えたい。
■なぜ、日本人が罪意識、自己否定文化があると伝えたいのか?
では、なぜ、日本人は罪意識があり、いつも「すいません」と自己否定し、
自分が悪かった、自分のせいだ、と思いやすいことを理解することが
大事なのか?
それをお伝えしたいと思います。
実は、そういった日本人の現在地が分からないと、日本人同士もコミュニケーションができなくなるという危惧があるからです。
さっきも言ったけど、日本人のベースには、自己否定が強烈にあるにも関わらずに、それを無視して、「俺はできる」という無理やりのプラス思考をしてしまうと、
その「俺はできる」という人は、もちろん、コミュニケーションパターンは、
「俺はできる」けど、「お前はできないね」という無意識で人と出会ってしまう。
なので、相手は、「お前はできないね」と、その人から言われ続けられると思い込み、その人とは関係性を絶ってしまう。
それが本当に多いと感じたので、自分はプラス思考だけで、コミュニケーションをする人は、関係性を作るのが超へた、ということを再三言っている。
本当に、「俺はできる」とプラスばかり発言する人は、人と関係性が作れない。
なぜなら、何度も言うけど、俺はできると思った瞬間に、外に、自分以外の存在が、「出来ない」という
存在を作らないと成り立たないから。
これは、日本がアメリカに戦争で負けて、精神がおかしくなることを防ぐためのガス抜きとして、アジアをバカにする、という仕組みととても似ている。
なので、「俺は出来る」と言う人は、無意識に「俺はできない」というアイデンティティーを日々、蓄積してしまうので、
最終的には、俺はできない、ダメな人間なんだ、と鬱になる。
■俺はできるという傲慢な人とのコミュニケーションの対応は?
俺はできるというプラス思考の人の弊害を語ってきましたが、俺はできるという
姿勢、態度には騙されてはいけません。
「俺はできる」と思い込んでいる人は、「俺はできない」を選択してしまっている
本当にちっぽけなアイデンティティーで必死になって頑張っています。
なので、ここで整理すると、日本人は、俺はできる、と言っても、私はできない、と言っても、両方一緒。
つまりは、アメリカに罪意識を植え付けられた「私はダメな人間なんだ。」というアイデンティティーが共通なんだ、と理解することです。
「できる」「できない」でジャッジ、否定、非難された、と思いがちですが、
これも全部、アメリカという西欧の植民地支配という戦略に踊らされている。
世界で仲のいい国と国に戦争を起こす情報を流して、お互いを憎ませている。
という戦略にまんまと騙されていると共有することです。
例えば、韓国と日本なんかは、その分かりやすい例ですね。
西洋、アメリカが韓国と日本が仲良くなることはデメリットなので、
韓国では、反日教育や、日本では嫌韓など流行らせて、お互いを憎み、戦争状態を作り上げています。
そんなことを知らずに、お互いの仲間である日本人同士で、この人嫌い、この人傲慢、ムカつく!と感情をコントロールされているのです。
悔しくないですか。
なので、日本人同士でも、相手から「できない」と言われたと思い込んでいるのは、
全部、根本は「私たちは悪い事をしたんだ。」という強烈な自己否定が
働いている、ということを自覚したら、
この、ワサワサする、イライラする、ムカムカする、その背景にある恐怖、不安の
根っこには、「罪意識」がある、しかもそれが、戦後に作られた
教育だった、その自己否定教育の情報に、ただ反応しているだけだ、と理解する必要があります。
これが理解できると、日本人としてのお互いの苦しみを共有できるので、
お互いの苦しみ、悲しみ、悩み、を共有、共感することができ、
そこから、初めて、コミュニケーションできる土台ができます。
まずは、共有、共感がないと、人と人とが出会う準備ができません。
なので、日本人なら、まずは、お互いの歴史の涙を感じて、そこを共有、共感し、
そこからコミュニケーションをスタートさせましょう。
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