持続可能な社会の創り方のSTEP1
持続可能な社会は紛れもなく人間が創っています。
だから、持続可能な社会を創れない原因を発見し、それをただ解決していけばいいんです。
じゃぁ、人間が持続可能な社会を創れない原因とはなんでしょうか?
それは、持続という同じことを反復し、条件によって、コロコロと、枯渇したり(それはまるで石油がなくなるかのようなイメージ)物、存在という物質が、有限であり(無限じゃないし)、
なくなってしまうイメージしか持ってないからです。
そもそも、人間が無限、持続可能というイメージを持ち合わせていないのです。
有限、ここまで、という境界線を引いて、分離、自分と他の存在は違う!という認識によって、持続可能というイメージもないので、もちろん、地球規模で持続可能な社会を創れない原因になります。
その存在があって、境界線があり、目の前にあるスマホなどが存在しているという今まで人類がしてきた認識は、分離、10年後、100年後も、スマホがそこに存在している持続可能なイメージもないので、
持続可能な社会を作れるわけがないんです。
そのもの、存在、もちろん自分という肉体の体も含めて、永遠不変であり、ずっと100年後、10000年後もそこに存在し続けたら、持続可能ということも
可能なのかもしれません。
しれませんが、そんな認識を持ち合わせないので、持続可能な社会を創るのは限界です。
その自分が存在している、というそれを成り立たせているのが、時間と空間です。
時間と空間の中に閉ざされている自分という肉体。
なので、永遠不変、自分という個体を存在させた状態で、持続可能のイメージは、無理なので、その時間、空間が固定しているという、さらなる持続可能に刺せない原因を見ていく必要があります。
アインシュタインは、時空間は、動く、ということを証明してますが、人間がそれを受け入れないという問題があります。
時間はずっと一定であり、空間も変化はない!と強烈に思い込んでいるので、時空間が固定されている認識なので、
その時空間の中に人類は閉ざされていることも知らずに、閉ざされている中では、水と一緒で腐ってしまうように、
完全循環も起きず、廃れる変化があり、枯渇し、消滅してしまうので、持続可能な社会が創られないのです。
■かく言う私も時間泥棒のミヒャエルエンデでした。
自分も昔は、時空間を存在させて、自分という肉体も固定させて、完全循環、全ては繋がっているという概念に掴まれて、持続可能なエネルギーのイメージもなく、もちろん、持続可能な社会を作れることもできませんでした。
例えば、何か常に焦っている。スーパーでレジに向かうためにエスカレーターに乗っていると、前にいる人が立ったままだと、イライライしていました。(歩け、歩け、早く!)
時間を存在させて、効率よく、スピーディーに!という時間が勿体無い!と常にイライラ、焦って生きていました。
しかし、この焦りの根本原因は、自分が効率よく、サクサクと物事をこなす、ことでクリアできるわけではなく、
たとえ、効率よく、サクサクとこなしたとしても、焦りは消えないんです。
実は、この自分の中にある焦りは、小さい頃にインプットされた思い込みであり、その思い込みは、
人間とは自分を責めるものだ、だから、責められないように、自分を完璧な存在に!責められ、怒られないように、自分が効率よく、サクサクと「出来る自分」になることで、
責められない、怒られないような自分になるぞ!という焦りだったことに気づきました。
なので、エスカレーターで、前の人にもっと早く歩けや!みたいな怒りを持っても、例えば、その前の人が、スススっとめっちゃくちゃ早く歩いて、自分もスピーディーに歩き、1秒でも早くレジにたどり着き、サクサク、効率よく行動ができたとしても・・・
焦りは無くならないのです。次、次と新しい行動が生まれるので、また、次は、パソコンの作業で、効率よく!サクサクと!とショートカットの道、完璧にこなすことをし始めるのです。
なので、常にイライラ、焦りを蓄積して、最後には人生を終える、という悲しい結果に終わってしまいます。
それというのも、この焦りというのが、人間共通のエゴであって、相手と自分は違うという分離したイメージによって、
この自分は全ての存在から分離、離されて、孤独、不安、恐怖、焦り、からくる行動しか出来てなかった、ということに気づいたんです。
人類は、ずっと500万年近く、自分という肉体を持った存在は、他と分離された存在という強烈な教育によって、持続可能なイメージを持てず、持続可能な社会という最終的な
イメージを持つことができなくなってしまったのです。
タイトルに書いたようにミヒャエルエンデの時間泥棒の話は、実は、人間は、
時間を存在させてしまったことにより、不安、恐怖、焦り、苦しみ、悩み、という人類がいまだに解決されない問題を生んでしまった、という深いメッセージがあるんですね。
ということで、話を元に戻しますが、持続可能な社会を創るSTEP1は、
持続可能な社会を創れなかった人類の共通の問題である、時空間を存在させてしまっていた。
ということを話しました。
その時空間を存在させて、その中に、自分という存在も存在させて、その中で、持続可能な社会を実現したい、と思っていることが、
残念ながら、ギャクになってしまうほど不可能ってことなんですね。
なので、この人間の認識が、アインシュタイン認識じゃなくて、存在を存在として認識するような教育のベースである、
ニュートン、デカルト認識方式になるので、人類全てが、持続可能な社会をイメージできない土台にあるにも関わらずに、
その状態で、持続可能な社会を創ろうと思っていることが、残念な状態何ですね。
■まとめ
人間が持続可能なイメージをそもそも持ち合わせていない。
だから、今のところ、持続可能な社会を創ることはできない。
持続可能な社会を創るのならば、時空間を固定してみないこと。
その認識ができたなら、突破口がありそうです。
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